魔が差す瞬間
暑い日差しの平日だった。
後にわかったことだが、当時の彼女は浮気していた。だから、オレにも指一本触れさせないことが多かった。
一緒に商売をしていて、家計も任せてあった。
とにかく、シャワーを浴びたくて、風俗に行きたくては、そのお金が必要だった。
手持ちの持ち合わせはない。
その瞬間まで、オレには幸か不幸か借金ができなくて、借金の額はゼロだった。
その日のオレは正に、魔が差したということだ。
風俗に行く3万円。なんとかしたかった。
目の前には、繁華街の各フロアにサラ金が入居した雑居ビル。
大手が無理なら、中小ならもしかして、とも思った。
見てみるだけ、エレベーターに乗り間違えて来ただけ、そう装えばいいだけのこと。
そう思い、最上階に着いた。
ガラス越しの受付カウンターには、特に派手でもない、普通のOLさんといった感じの女性スタッフが座っていて、安心できる金融機関だと思えた。
試しに借りられるかどうかだけ、調べてもらった。甘い。それが審査だ。
冷静に考えれば、とんでもないことだ、審査してもらうだけという不安。それから、風俗に行けるかもしれない喜び、審査を通って数万円を手にする期待。
魔が差した瞬間だった。
融資可能額は20万円。
期待以上の大金を手に入れた気分だった。
バカバカしいかもしれないが、審査のドキドキと善悪の葛藤の末、大金を手に入れた。
この瞬間にお金を借りているという感覚が吹っ飛ぶ。
苦労が報われた錯覚と、乗り越えた達成感。
渡された味も素っ気もないブルーのカード。
店舗の入り口の脇のATMで、お金を”引き出せる”という。
後に驚くことになるのだが、この当時、金利は40%。
ここが地獄への入り口だとは全く感じていなかった。
オレはそんな、汚れた金が似合う雰囲気の世界に脚を踏み入れ、風俗への支払いに金を差し出し、束の間の天国を味わっていた。